中野区の教育事情……統廃合の最先端

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 徳川家康により江戸に幕府が開かれ、江戸城下の人口が増えるにつれ、中野一帯は近郊農業の中心地として江戸の食を支えていました。幕府5代将軍でした綱吉の時代には「生類憐みの令」に基づき大規模な犬屋敷が設置されたり、鷹狩りの地に指定されたことで歴代の将軍が訪れたりもしました。

 さて、第2次世界詫戦後の昭和22年に、中野区では第一中から第八中まで8校の区立中学が創立されました。設立当初は小学校等に間借りする形で教育活動が行われ、自前の校舎や校庭が完成したのはほとんどの学校で翌昭和23年以降でした。なお、終戦時に国民学校の高等科(6年間の義務教育を終えた子どもが通う2年制の課程)に在籍していた人は、希望により新制中学の2、3年生になれました。けれど、その道を選ばず、今携わる仕事を続けるか、新たに就職する人もいました。

 児童・生徒数の増加で、第十一中までのナンバースクールと北中野中など、最大で14の区立中学が誕生しましたが、平成20年以降は計画的な統廃合が行われました。11校あったナンバースクールは、今現在、第二中・第五中・第七中の3校のみとなるなど、中野区は東京都内での統廃合の最先端にある区といえます。令和3年4月には、第三中と第十中を統合した中野東中が誕生し、第二中を筆頭に9校体制となりました。余談となりますが、「〇〇ごっこ」事件で全国的に知られた区立中学校は、中野一中との統合で南中野中となり、その名は永遠に失われることになりました。

 なお、中野区では、学校選択制は行われていません。また、2学期制を実施しています。

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コメント

  1. トクメイ より:

    令和3年4月には、第三中と第十中を統合した明和中。
    とありますが、何か勘違いしておられませんか?
    令和3年4月、第四中学校と第八中学校が統合し、明和中学校開校
    平成30年4月、第三中学校と第十中学校が統合し、中野東中学校
    のはずです。

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