「坊っちゃん」の推定年齢 【日本の教育史・学校、教員、教育の余談】

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記事概要 日本の教育史を踏まえて、余談的なエピソードを紹介していきます。今回は、出版した時代背景から見る、「坊っちゃん」の考察などについてです。
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「飛び級」

 高等学校には、中学4年修了で受験することができました。仮にうまくいかなくても、翌年も受験できますので、自信のある人は挑戦していました。

弊衣破帽(へいいはぼう)

 旧制高校生を象徴するものとして、「バンカラ」という言葉があります。これは「ハイカラ(西洋風で目新しいという意味。語源は、ハイ カラー。西洋帰りの人が、襟の高い服を着用していたことから)」の対義語で、着古した学生服・マント・破れた帽子・高下駄・手ぬぐいを身につけ、長髪であることがその特徴で、旧制高校生であることは一目瞭然でした。当時の中学生のあこがれの的だったといわれます。

「坊っちゃん」の推定年齢

 「名作」や「必読書」と紹介されることの多い、夏目漱石の小説『坊っちゃん』。その主人公「坊っちゃん」は、「親譲りの無鉄砲」な性格と紹介され、幼いころからさまざまな騒動を巻き起こします。

 その騒ぎの一つに、「中学校教師」として赴任した愛媛県松山での生徒との喧嘩、乱闘があります。ここでは、教師が生徒と乱闘ということで、面白さより疑問を感じた人に向けての解説を書きます。

 「坊っちゃん」は、氏名や年齢は不詳です。小学生だった時に、校舎の二階から飛び降りて腰を抜かしたようですが、「ある私立の中学を卒業」しています。この「中学」は第二次世界大戦前の5年制の学校ですので、17歳で卒業します。その後、勢いで3年制の「物理学校」に入学し、「3年で卒業」とありますので、卒業時は20歳です。

 縁あって愛媛県松山の「中学校教師」となるのは21歳の年。中学最高学年の5年生は17歳ですので、師弟とは言え年齢差は4年。「天麩羅蕎麦」を4杯、「団子」を2皿平らげた「坊っちゃん」が、その注文数をからかわれるもの、不思議ではないでしょう。

 さて、「犬猿の仲」とされる中学生と師範学校(教員養成学校)生。小学6年を終えた、比較的裕福な家庭の男子が通う学校が中学校。小学6年を終え、2年制の高等小学校を卒業して受験できたのが師範学校。授業料が無料だったので、経済的に恵まれない家庭の、学業優秀な男子が通うことのできた学校でした。

 中学生と師範学校生の喧嘩を、同僚の「山嵐」と仲裁しようとした「坊っちゃん」ですが、師範学校生から不意打ちを食らい、乱闘に加わることになります。警察に呼ばれ、新聞記事となりましたが、年齢から考えると、こちらも不思議ではない気がします。もちろん、容認できることではありませんが。

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