部活動の外部指導員(支援員)

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学校内の部活動を専門的に教えることができる教員がいない。学校の教員が誰も指導できない部活動の技術的な指導をするための存在として、部活動の外部指導(支援)員がいる。部活動の外部指導員とは、部活動を指導したい大人が、その部活動の技術的指導をすることができる教員がいない学校の部活動を指導する存在である。例を挙げれば、学校にサッカー部があるが、サッカー部を指導することができる人がいないときに、教員の代わりにサッカーを指導する学校外の人である。部活動の外部指導員をする人の多くは学校に関係のない人が多い。もちろん指導したくなければ指導する必要はないので、ほとんどの部活動の外部指導員はやりたくてやっているだろう。

部活動の制度があるゆえに、教員の負担は大きくなっている。熱心に練習をする部活であれば、終業時間になっても帰れないし、試合や練習により土・日曜日が終わってしまうことも多々ある。部活のせいで、教員はまともに休みをとれない。

慣れない・経験のない部活の指導をやってくれる存在としては、部活動の外部指導員はありがたい存在かもしれない。ただ一般的には、活動中の事故やケガ等が起きた際に、誰が責任をとるかがわからなくなるので、外部指導者だけでは大会等に生徒を引率できないし、平日の部活動が終わるまで教員は退勤することができないし、休日も外部指導員だけで部活をすることができないことが多い。これでは教員部活動の負担は減るかもしれないものの、負担が完全に消えることはない。

部活動の外部指導員には本当に申し訳ないが、部活動の制度がよくない結果、言い方は悪いが部活動の外部指導員の存在が教員にとって邪魔になっている。指導員がいても、部活があるから教員の休みが取れないのである。むしろ、外部指導員が張り切って部活動をやった結果、顧問の教員の休日がなくなるってしまうということが起きかねない。

正しくは、外部指導員は悪くない。部活動の存在が真の悪の根源である。部活動のシステムをやめるという選択をできないから、苦肉の策として部活動の外部指導員が存在するが、外部指導員の存在が結果として部活動が存在していい理由を作り出している。

はっきり言えば、教員のことを本当に考えてあげるのなら、外部指導員はいなくなるべき。部活動を教えたければ、学校の一部となっている部活動を通じてではなく、完全に外部で指導してほしい。外部であれば責任の所在もすべて外部にあるし、教員の負担も完全になくなる。むしろ、本当にスポーツなどの指導力のある人なら、自然とその人に教わりたい人が集まってくるはず。ある意味それほどの技術がないから、アマチュア止まりなのではないだろうか。

誰も教えられない部活があれば、その部活をなくすことが一番教員にとっていい選択。そして、部活動の制度を完全に消滅させることが、教員にとって最善の結果。部活動のシステムが存在していること自体が悪。その結果、部活動の外部指導員の存在も悪になる。

コメント

  1. 平田公一郎 より:

    そもそも部活動は教育課程外なので教員の仕事ではありません。

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