体罰は悪 友達みたいな先生 【現代の中学校・高校の先生と生徒の関係性】

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概要 時代の潮流に合わせて、教員の生徒指導がどのように変化していったのか、生徒指導の変化の結果、どのような教員が増えていったのか、さらに、昨今の中学校・高校の先生と生徒の関係性に変わり方について解説していきます。
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体罰が織りなす上下関係 【過去の中学校・高校の先生と生徒の関係性】
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「体罰は悪」という徹底

 1990年代、「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」が国際連合で採択されます。この条約を発端に「暴力的な指導は子どもに対して教育的ではない」という認識が世界中に浸透していきます。

 日本国内においても、暴力的な指導や体罰行為への見直しがなされていきます。1990年代以前にも、教員や大人による体罰などが原因で、子どもや児童・生徒が死亡及び自殺する事例が年に数件発生していました。少子化も問題視され始めた世の中、若者の死は深刻な社会問題と見なされ、「体罰や暴力的な指導はいかなる場合にも許されない」という定説が確立していきます。

 昭和の時代に「暗黙の了解」とされていた体罰的指導は、平成に移るにつれて徐々に回数が減っていきました。これにより、「教員と生徒」という絶対的な関係性が揺らいでいきます。

距離感が近くなる先生と生徒間

 体罰が横行する時代、生徒にとって先生は恐怖の対象でもありました。悪さをしたら殴ってくるような存在は、恐れられても仕方がありません。良くない言い方ですが、「暴力」が先生と生徒間の「覆ることのない絶対的な上下関係性」を生み出していたと言っても過言ではありません。

 体罰が禁止されるにつれ、生徒は先生を恐怖の対象として認識しなくなっていきます。悪さをしようとも、口頭で注意される・諭されるというような指導しか受けなくなるからです。これにより、生徒は先生に逆らえないというような風潮がなくなっていきます。これに加え、スマートフォンが普及したことにより、先生と生徒がLINEなどのSNSを通じて連絡を取り合うことができる、というような環境が生まれるようになりました。特に、学校を卒業した中学校3年生・高校3年生が、担任の先生の連絡先を教えてもらうということは、なんら珍しい光景ではなくなってきています。

友達みたいな先生の増加

 無論、体罰が無くなっていくのは素晴らしいことですし、子どもの権利が守られることも大事です。しかし、昨今の教育現場では、「学校」「先生」「生徒」という意義をはき違えているように見えます。生徒と先生の距離感が近くなっていった結果、「友達みたいな先生」が増えている印象です。学校の中でなんでもかんでも楽しく過ごすことができれば、友達みたいな先生との学校生活は心地よいものかもしれません。しかし、学校は誰もがどんなときでもハッピーに過ごすことができるような場所ではないことは、誰だってわかるでしょう。時には叱咤する必要があるときもあります。友達みたいな先生は、叱ることが必要なときに「なあなあ」で済ませようとする、生徒と仲が良くなりすぎて叱咤ができないような先生であることが多い印象です。

 無論、メリットもあるはずですので、友達みたいな先生が増えることが良いことなのか悪いことかは断定できませんが、先生と生徒の距離が近くなっても、師弟関係、「先生と生徒の関係」という前提を忘れてはならないことは、自信をもって言えることです。
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