記事概要 教育公務員であるがゆえ、公立学校教員の雇用はかなり丁寧に守られています。しかし、雇用が守られているがゆえにどうしようもない教員もたくさんいますし、学校や教員のルールを作っている側の人間にしょうもない人間もたくさんいます。教員の胸糞の悪い、ゴミみたいな事例を紹介していきます。教育現場の在り方を見直す参考になれば幸いです。
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インターナショナル クラスルーム
これも今は昔、昭和の中頃。クラス替えでB教諭組となった友を廊下で待つと、教室では何やら聞きなれぬ曲を生徒が歌っていました。聞けば、インターナショナル、つまり、労働歌を毎放課後歌う(歌わされる?)とのことです。さらに、馬鹿みたいな話ですが、共産党を信奉するB教諭は、担任する生徒宅を訪問し、新聞『赤旗』の購読を勧めるため、しかなく『赤旗・日曜版』を契約する家庭もあったという話です。権力を利用して思想を押し付けるゴミみたいな教員の話です。
私を探さないで
昭和の末。都内の公立高校で倫理社会を教えるC教諭は、新学期の初めの授業で、「私は声が小さいので、私の話は前から3列目くらいまでしか聞こえません。授業を聞きたい人は、前のほうに座ってください。また、時々校内で迷子になり、教室までたどり着けないことがありますが、探さないでください」と恥もなく話し始めた。
生徒はたいへん素直だったので、先生の体質に配慮し、少数の物好きな生徒を除き、教室の後方に着席するようにしました。また、チャイムが鳴っても姿を見せぬ先生を探すことも、職員室や社会科教員室を訪ねもせずにいました。夏休み明け、C教諭が某国立大学の助教授になったことを知り、どのような人物が大学の教員になるかを学んだが、授業で何を学んだかはさっぱり覚えていないそうです。過去の教員はクズやろうしかいないというような話です。
新幹線『のぞみ号』事件
平成の初めの事例です。中3担任のD先生はアルコール依存症でした。翌日から修学旅行の引率であるのに、前夜は遅くまで、いつもどおり大量のアルコールを体内に蓄積させていました。
修学旅行当日。修学旅行専用の新幹線『ひかり号』は、姿を見せぬD先生を残して時刻どおりに東京から京都へ。寝坊して東京駅に到着したD先生。万事休すと思いきや、新幹線『のぞみ号』で西へ行きました。名古屋駅の新幹線ホームで、生徒を乗せた『ひかり号』を笑顔で迎え、悠々と乗車したI先生を見て、生徒は唖然としていました。
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