「学区の厳格化」「高校6年制」 【公立高校の学力と大学進学率の復活1】

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記事の概要 どのようにすれば公立高校が大学進学率を上げることができるか、「学区の厳格化」「高校6年制」という方法を用いた、公立学校の復活策について書きます。
前回記事(公立高校の大学進学率低落の現実)はこちら

公立高校の大学進学率低落の現実 【日本の教育史・学校、教員、教育の余談】
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公立高校の退潮著しい都道府県は

 「公立高校の大学進学実績は低下の一方」という類の記事を目にすることがありますが、日本全体を冷静に見渡すと、全国一律ではないことが分かります。実は、東大・京大以外の国立大学の合格者は、圧倒的に地元の公立高校生です。つまり、東京都・神奈川県・千葉県・京都府など、限られた地域の有名公立高校が、「以前」と言っても50年もの前のことになりますが、東大や京大等に古(いにしえ)の進学実績を残せていないということです。

公立高校の復活策 1 「学区の厳格化」

 近代教育制度の原点となる学制発布に遡れば、日本全国を大学区・中学区・小学区に分け、それぞれに大学校・中学校・小学校を設置することが示されます。けれど、理想と現実は異なります。東京府に初の帝国大学が設立されたのが1886年、続いて京都府に帝国大学が創設されたのが1897年でした。そして、最後の帝国大学が愛知県に誕生したのは1939年のことでした。
 学区について、くわしくはこちら

日本で初めての「学校」の誕生過程 【日本の教育史】
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 つまり、明治時代に帝国大学への進学を希望した人は、設定された学区には関係なく、東京府か京都府に行かざるを得なかったということです。しかし現在は、全国に800もの大学があります。明治時代に定められた「学区」を越えて大学進学を制限すれば、つまり、東京大学を受験できるのは関東地方1都6県の高校生に限るなどとすれば、関東圏の公立高校から東大への合格者がかなり増えることでしょう。ここで注意すべきは、中国地方・四国地方在住の受験生の扱いです。本来両地方には、帝国大学が設立されて当然でしたが、京都府に隣接する大阪府に、なぜか帝国大学が設置されました。大阪帝大に代わる、「中国・四国」帝大が本来は必要だったはずです。

 なお、このような通学区域の制限をしても、関東圏の国立高校や私立高校の進学実績がより高まるだけで、公立高校の復活にはつながらないかもしれません。また、関東地方や近畿地方以外からの東大・京大受験を不可とすることは、それこそ不可能な話でしょう。

公立高校の復活策 2 「高校6年制」

 京都府で始まった学校群制度は、京都府立高校の大学進学実績に深刻なダメージを与えます。東京都でも1967年から学校群制度が導入されますが、都立高校の凋落を予測し、難関大学を目指す生徒やその保護者は、進学先を都立高校から国立大学附属高校や私立難関高校にいち早く変更します。東京教育大学附属駒場高校(現筑波大学附属駒場高校)や東京学芸大学附属高校や開成高校が、東大合格者を飛躍的に高めたのは、その結果です。

 身も蓋もないことですが、全国中学体育大会(全中)やインターハイでの活躍が期待できる生徒が集まる、あるいは、集めることが、スポーツ大会の結果につながると同じく、大学入試で結果を出すには、難関大学に合格する可能性の高い生徒がより多く集まる、あるいは集めることが、大学進学実績に結実するということです。そして、学力の高い児童を集めるタイミングが、今は中学入試の段階というわけで、学力の高い児童は、中学校段階で囲い込まれ、6年一貫の学習指導を受けて大学受験に臨んでいます。これは、戦前の、5年制の旧制中学校から旧制高校・帝国大学に進学する構図と全く同じです。

 さて、各都道府県でも、私立中・高をまねる動きがあります。それが、中学・高校の6年間を一貫して教育する中等学校です。東京都であれば、東大への現役合格率の高さから、小石川中等学校が注目されていますが、東大への合格者数を学校群以前の水準まで、つまり、70人前後まで回復できるかは不明です。

 日比谷高校にしても、進学実績の向上には目を見張るものがありますが、現状は、学力の高い「生徒」を全都から集めての結果です。全国の頂点を目指すのであれば、6年制の学校として、学力の高い「児童」を入学させたいのではないでしょうか。

 けれど、6年制の学校を増やすことは、つまり、高校段階での募集を行わないということは、公立の中学校で学ぶ生徒の進学先を狭めることになります。また、高校の存在意義自体を問い直すことにもなります。公教育を担うがゆえに、6年制学校ばかりを作るわけにはいかないというジレンマが、都道府県の教育委員会にはあるかもしれません。

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