英語を勉強する必要性を根底から覆すビジョン 「どこでも誰とでも働ける」を読んで考える英語力 【学校においてほしい本】

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これからの社会への展望  どこでも誰とでも働ける 【学校においてほしい本】
どこでも誰とでも働ける 尾原和啓 どこでも誰とでも働ける posted with ヨメレバ 尾原 和啓 ダイヤモンド社 2018年04月20日頃 楽天ブックス 楽天kobo Amazon Kindl...

中高6年英語を勉強した努力は…
 第二次世界大戦後、日本は長らく普通教育を維持してきた。義務教育を経て高校を卒業すれば、学習への真剣度はどうであれ、ほとんどの人が6年間は英語を勉強したことになる。では、その6年の英語教育の成果はどうであろうか。英語を使って、不自由なく外国人とコミュニケーションをとれる日本人が、社会にどれだけいるのだろうか。

日本の学校での英語教育
 日本の学校で学ぶ英語というのは「日本で使う英語」である。主な目的は、テストでいい成績をとることである。「英語を使う」ことにはあまりフォーカスしていない(様々な要因により、できていないというのも正しいかもしれない)。だから英語を使ってコミュニケーションをとれない日本人が多いのだ。「コミュニケーションをとるための英語」と「日本で使う英語」完全に別ものである。その結果、6年間の英語教育は社会に出てから、あまり身を結ばない。社会に出ても役に立たない英語を学ぶ必要はあるのか。

世界で戦う人視点の、英語の必要性 
 「どこでも誰とでも働ける」の著者、尾原和啓氏は若いとき英語が得意、という訳ではなかった。しかし今、海外でも活躍する著者は「英語」というものを次のようにとらえている。

 「どこでも誰とでも働ける」ためには、英語力は必須と考える人が多いでしょう。でも、シンガポール・バリ島と東京を拠点に、世界中を飛び回っているぼくの実感は違います。英語といっても「生活のための英語」と「仕事のための英語」の2つがあって、「生活のための英語」はもういりません。 
 例えば、旅行に行った時は日常生活の中で、「あれが欲しい」「これをしたい」といったレベルの英語であれば、 Google翻訳です。

 最後の1文はある意味、英語科教員に対しての挑戦状と言ってもいいかもしれない。日本人全体の英語能力の向上も、AIによる翻訳機能の向上のほうが圧倒的に早いであろう。「コミュニケーションをとるための英語」を使うためなら、google翻訳さえあれば事足りるというのだ。私Garudaは英語科の教員経験があるが、英語科教員視点から考えても、著者の意見にはぐうの音も出ない。しかしこの意見は、案外確実な未来になるかもしれない。

 尾原和啓氏の考えからすると、「生活のための英語」を習得するためだけであれば、英語の勉強の必要性がなくなるかもしれない。海外で仕事をするでもない限り、英語の重要性はなくなる。一方で、著者は「仕事のための英語」の習得方法として非常に面白い方法を提案している。

 「英語は市場で学べ」の最強バージョンは、自分が市場になることです。向こうが買いたいもの、知りたいことを相手の目の前でちらつかせることができれば、勝手に無効化こちらの拙い英語を修正してくれるので、修正してくれた英語をそのまま覚えてしまえばいいわけです。

 英語が得意でない日本人のために、英語を習得する方法について書いた本が、今も書店に何冊と並んでいる。英語を習得するために、英語を使う環境に移動するという方法は、昔から存在する英語習得方法である。ホームステイ、ワーキングホリデー、留学などメジャーな方法であるがゆえに選択肢はたくさんある。そのなかでも、著者が提案する英語習得の方法を書いている本は存在しないのではないだろうか。
 英語を使う環境を自分の側に引き込むという方法は、かなり目新しい。技術革新の目覚ましい今の世の中ならそれができる。著者の英語学習方法が、新しい英語学習のトレンドになる可能性は十分にある。

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