人が見る授業 specialな授業を見せるかdailyな授業を見せるか

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研究授業や授業参観の授業

 教員として働いていると、研究授業や授業参観など「人に見てもらう」授業を行う機会があります。教員によっては(授業に自信がないから見てもらいたくない)とか(見ている人がすごいと思う授業をやろう)とか思う人もいるでしょうか。わざわざ授業参観の日に合わせて学校を休む教員もいるかもしれないです。しかし教員の仕事をやっていると「何のために授業を行うのか」、ということを忘れている人がいる気がします。

 私Garudaは、研究授業であれ授業参観であれ、授業というものは、子どものためのものだと考えます。教員のためのものではないです。授業参観も研究授業も、教員の授業努力をひけらかすための場ではないのです。子どもの学力を上げるため、授業は行われるべきです。

 

Special

(特別)な授業を見せるかdaily(日々の)の授業を見せるか

 研究授業や授業参観の日に張り切って授業を行う人がいます。特別な授業の時だけ特別な授業準備をする教員がいます。私Garuda自身は、研究授業や授業参観こそ、普段の授業を行うべきであると考えます。

 研究授業だけ質の高い授業を行っても、生徒の学力は飛躍的に上がるものではないです。1回の授業で生徒の学力を上げることができれば、教員は誰も苦労しないです。日々の授業の延長上に研究授業や授業参観があるべきです。

 

日々の授業の質を高める

 研究授業や授業参観で普段の授業を行うには、普段の授業の質を上げる以外に方法はないです。日々自分の授業を顧み、自分の能力を研鑽するという地道な努力を行うにほかないです。

 加えて、普段から他の教員に授業を見てもらうべきです。正確に言えば、なんの連絡もなく、急に教員が授業に見に来るような状況を作るべきです。

 研究授業や授業参観の際の授業では、自然と張り切って授業を行ってしまうものです。授業中にだれか入ってくると、やましいことがなくても(この授業で大丈夫かな)と思うこともあります。正直に言えば、私Garudaも教室に生徒以外の人が入ってくると、声量が上がったり、ジェスチャーが大きくなったり、机間巡視の回数が増えたりすることがあります。無意識にこういうことを行って、授業後に生徒から指摘されて、恥ずかしく思うことも多々あります。だからこそ、人に見られる授業に慣れるべきです。

 

総括

 私Garudaは、研究授業や授業参観などの、人が見る授業では普段の授業を行うべきであると考えます。それではだめだ、と考える人も多くいると考えます。ただ、「ローマは一日にしてならず」の言葉通り、教員は日々授業の腕を磨いて、普段から誰に見られても恥ずかしくない授業を行うべきであると考えます。

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