アクティブラーニング警察 強要するなアクティブラーニング

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新しい授業 アクティブラーニング

文部科学省からも、学校の授業へ導入を促されている「アクティブラーニング」。

アクティブラーニングとは、学生にある物事を行わせ、行っている物事について考えさせること

ということが、文部科学省の資料には明記されている。

引用 

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/siryo/__icsFiles/afieldfile/2015/09/04/1361407_2_4.pdf

「アクティブ」という言葉の通り、主体的に子どもに勉強をさせる学習方法である。「アクティブラーニング」については、様々な論文が公表されている。アクティブラーニングの成果には具体的な根拠があり、うまく利用することできれば、凄まじい効果を発揮するだろう。

 

どんな授業にもアクティブラーニングは利用できるのか

 「アクティブラーニング」には、授業ごとに向き不向きがある。うまく利用することができる授業では、アクティブラーニングを導入するべきである。だが、アクティブラーニングを授業に導入した結果、学習効果が薄いのであれば、アクティブラーニングに基づいた授業を行う必要性はない。新しい手法を導入した結果、学習効果が薄ければ、元も子もない。アクティブラーニングは「適材適所に行う」ことが絶対条件である。
 しかし、「アクティブラーニング」という言葉に踊らされた結果、中身の伴っていない授業、授業後に何も残らない授業が増えているという肌感が、私にはある。「適材適所」という言葉を知らない人が無理やりにアクティブラーニングの手法を取り入れて、授業を失敗することが増えている気がしてならない。こういう多くの場合、教員はやりたくてアクティブラーニングを行っているわけではない。小中高校の教員が、「アクティブラーニングの技法を取り入れろ」という圧力をかけられて、アクティブラーニングの手法を使った授業を作らざるを得ない、という状況が多々ある。教員はアクティブラーニングを利用したくない、生徒はよくわからない授業をやらされ、何も勉強にならない。アクティブラーニングにより、だれにも望まれない授業が多発している。

 

アクティブラーニング警察

 無理やりにでも「アクティブラーニング」を強要させるような人々がいる。私はこのような人々を、「アクティブラーニング警察」と勝手に呼んでいる。理論武装をして、指導する力量を伴っていない人種である。正直に言おう、大学の教員にアクティブラーニング警察が多い。特に、実際に小中高校の現場での教員経験のない人種だ。
 アクティブラーニングの技法を使おうにも、生徒が主体的に勉強をしない、勉強をすることができないという学校現場は、公立学校であればいくらでも存在する。現場で働いたことのない人種は、この事実を見落としがちである。
 アクティブラーニング警察がアクティブラーニングを強要することで、小中高校の現場の教員に無駄な仕事を増やしているという実態に、多くの人が目を向けるべきである。理想と現実は違う。

 

強要するなアクティブラーニング

 決して、アクティブラーニングを否定しているわけではない。可能であり、効果が見込めるのであれば、どんどんアクティブラーニングの技法を取り入れるべきである。しかし、現実はそんなに甘くない。

 アクティブラーニングの理論家の意見に対し、現場を知っている教員は「笑止」。馬鹿も休み休み言え。現場に口出ししていいのは、現場を知っている人間のみ。

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