個性を伸ばすオンライン教育

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時代遅れの全体主義

日本は昔から、公教育の場において全体主義の教育を行ってきた。特異を排除し、全体の底上げを行うような教育方針である。教育勅語や軍国主義の流れもあり、「兵隊」のような、組織の上(学校でいう教員)の指示に従順な子どもを育ててきた。出る杭は打つ教育である。多くの公立学校ではそれと同時に、落ちこぼれを出さない教育、学力において中間層のレベルに合わせるような教育方法を行ってきた。この方法が悪いというわけではない。子ども全体の学力を底上げするという意味ではいい方法である。しかし、下のレベルに焦点を当て、学力の中間層が増えた結果、学力のトップ層の数が増えなくなった。ゆとり教育のような方針も相まって、勉強においての競争性が減ってきている。

学力の中間層が多い現状の均一主義を解消するため、勉強の競争性を高めるため、これからの時代では「オンライン教育」が効力を発揮する。

 

個性を伸ばす時代

学習における全体主義を辞め、子どもそれぞれの個性を伸ばしていく必要がある。しかし、教育界はなかなか変わらない。そこで、子どもはオンラインにより勉強をするべきである。

オンラインによる教育が公教育と異なる点は、「自分で行動しないと教育を享受することができない」ということである。通信教育を受けたいのなら、このモチベーションの差は格段に大きいと考える。オンライン教育を受けるような子どもは勉強をしたくて、学習する使命に駆られて学習しているのである。通信教育が嫌なら、やらなければいいだけの話なのだから。だからこそ、オンラインによる環境で学習を続けることができるような子どものモチベーションは、日本の公立学校に行く子どもよりも圧倒的に高いだろう。

現状は学校に馴染めない子どもが通信教育などに手を出すというパターンが多いかもしれない。しかし私は、将来的には、勉強したい子どもこそオンライン教育を始める時代が来ると考える。子どもの環境の理由などにより、子ども本人が満足するような教育を享受できないということがあるだろう。

 

オンライン教育こそマニアックなことを学べる。

諸々の都合により、子ども自身が学習したいことを学べない環境にいる。かつてはマニアックなことこそ、情報が集まってくる都心でしか学べなかったこともあるだろう。そのようなことは、ネットワークを介して解決する。むしろ、「やりたいこと」こそ、身に着くスピードは「やらされていること」よりも圧倒的に早い。そして、マニアックなことこそ市場価値が高くなりやすい。競争相手が少ないからだ。ゆえに、お金につながりやすい。

自分が学習したいことこそ、身に着き磨きがかかる。自主的に・自分で勉強するからこそ力がつく。

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