12歳の大学生 【日本の教育史・学校、教員、教育の余談】

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記事概要 「6・3・3・4制」という現在の教育制度下では考えられないことですが、明治初期に、12歳で現在の東京大学医学部に入学し、19歳で卒業したという秀才で、誰もが知る有名人を紹介します。
前回記事(大学の南高北低)はこちら

大学の南高北低 【日本の教育史・学校、教員、教育の余談】
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 アメリカを筆頭に、海外では若年でも大学入学を許可する国がありますが、我が国では、高校を卒業する18歳の年齢になって初めて、大学を受験することができます。ところで、何らかの理由で高校に進学できなかったり、高校を卒業できなかったりした人を対象とした、「高等学校卒業程度認定試験(高卒認定試験)」という制度があります。16歳から受験可能ですが、合格しても18歳になるまでは大学入学試験を受けることはできません。

 さて、「6・3・3・4制」の例外として、高校2年修了で大学に入学できる「飛び級」・「飛び入学」制度」を設けている大学が、国立の千葉大学など国内に幾つかあります。また、大学3年修了で大学院に入学できる「飛び級」・「飛び入学」制度もあります。ただし、大学または大学院を中退してしまうと、「飛び級」で大学生となった生徒は、最終学歴が「中学校卒」に、「飛び級」で大学院生となった学生は、最終学歴が「高等学校卒」になりますので注意が必要です。

 とはいえ、将棋プロ棋士の藤井四冠は、自身の判断で高校を2年で中退しています。つまり、現段階での藤井四冠の最終学歴は「中学校卒」です。けれど、社会で通用する十分な能力や自信があれば、学歴などに一喜一憂する必要はないと言えるでしょう。

 さて、「12歳の大学生」というのは、陸軍の軍医であり、小説家であり、また、東京国立博物館の初代館長を務めた森 鷗外(本名・森 林太郎)です。鷗外が執筆した『舞姫』や『高瀬舟』など短編小説を読んだ人は多いことでしょう。その鷗外は、江戸末期に石見国(現在の島根県)の歴代藩医の家に生まれ、幼いころから頭脳明晰だったそうです。

 10歳で父と上京し、旧藩主の推薦を得て、2歳年齢を偽って12歳で「第一大学区医学校・東京医学校(現在の東京大学医学部)」の予科(基礎課程)に合格します。その後、選抜試験を経て14歳で本科に進み、19歳医学部を卒業したという、今では夢のようなお話です。

余談の続きはこちら

「駅弁大学」の誕生 【日本の教育史・学校、教員、教育の余談】
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